1998年の天皇賞・秋のレースで、武豊騎手や多くの方が”サイレンススズカ”の死を悼み涙しました。

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競馬にまつわる感動話

競馬には涙なしでは語れない、感動するエピソードがあります。
その中でも印象的だった武豊騎手のエピソードについてご紹介します。

 

1999年の天皇賞・秋でのことです。
この年の天皇賞・秋で武豊騎手は、前年に自身初の日本ダービーを優勝した時のパートナーである、スペシャルウィークに騎乗しました。
自身の騎乗停止時と海外遠征に行っていて乗れなかった時以外ではすべてのレースで騎乗してきたベストパートナーとも言える馬です。

 

春の天皇賞を制していたスペシャルウィークにとって、天皇賞春秋制覇がかかっていたレースでした。しかし前哨戦となった京都大賞典で7着と敗退してしまいます。
3着以下に負けたことのないスペシャルウィークにとってはデビュー以来最悪の着順となってしまいました。
馬体重が重かったせいもあったようですが、一番の原因は馬自身が走る気になっていなかったことにありました。そしてスペシャルウィークに走る気が戻らないまま天皇賞・秋当日を迎えてしまいました。

 

武豊騎手にとっても天皇賞・秋というレースには辛い思い出がありました。
前年のこのレースでサイレンススズカという馬に騎乗していました。
サイレンススズカは圧倒的なスピードを武器に速いペースで逃げてそのまま後続を寄せ付けることなく逃げ切るというスタイルでこの年はここまで6戦6勝、GⅠ宝塚記念を含む重賞5勝と波に乗っていました。
圧倒的な1番人気で迎えたこのレースでしたが、悲劇が起きてしまいました。
レース中に骨折して競走中止となってしまったのです。
骨折したサイレンススズカはこのレースで予後不良で亡くなりました。

 

そんなサイレンススズカの思いを背負ってスペシャルウィークと挑んだ99年の天皇賞・秋でした。
不調のスペシャルウィークでしたがパドックから本馬場に出た時、武豊騎手は今までと違うものを感じたようで、後方から追い込む戦法をとってきました。
最後の直線で大外に持ち出されたスペシャルウィークの追い込みが決まり、2着馬をクビの差だけかわしてゴールしました。
優勝後の勝利ジョッキーインタビューで武豊騎手は「ゴールの瞬間、まるでサイレンススズカが後押しをしてくれたようでした」と語っています。
この後スペシャルウィークはジャパンカップ優勝、有馬記念2着という成績を残し、無事に引退して種牡馬入りしています。

 

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